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旅日記・完

旅日記完結編

最後はデュッセからオランダに戻り、アムスに拠点を移した。

とりあえず…と親からのお買い物、Douwe Egbertのコーヒーを仕入れるため、市内のスーパーへ。
10年前とパッケージが変わっているということで、親の言葉を頼りに目的のブツを探し出す。にしても、10箱ってなかなかの量だこと。おかげで、かばんの中にコーヒーのいい香りがほのかに香ることに。これで麻薬犬の鼻も…ていかがわしいものをごまかすためではないのであしからず。
その日、ダム広場では、なにやらイベントが。かの為末が東京駅前で陸上のイベントをやっていたように、ここでも棒高跳びのイベントが。選手もけっこうマジで5m30とか跳んでた。間近でこんな面白いものを見られるとは驚きである。


翌日、相方の指令でミッフィーの生まれ故郷こと、Utrechtまで遠出。アムスにとどまっていてもしょうがないのでそれはそれでいいんだが。Utrechtの町中にミッフィーにまつわるものがあり、ミッフィーの像やら信号機やらにびっくり。へぇーとしか言いようがない。
その後、Dick Bruna huisといういわば、ミッフィーの家でこれでもかというほどのミッフィー関連のものがあり、そのほか、Bruna氏のほかのイラストも多数展示してあった。あんまりミッフィーになじみのないワタシでもけっこう面白いなぁ、と思ったのだから、ミッフィーファンは泣いて喜ぶことであろう。

帰りは、行きと同じくロンドン経由。
機内でスパイダーマン3をたまたま放映してたので、字幕抜きを強いられたものの、映画そのものは面白く見させてもらい、特に大きなトラブルもなく日本帰国。

帰国早々、日本の暑さにげんなりしたものの、ここ数日のジョグで少しずつ慣れつつあるところ。でもやっぱ暑いね。

次ヨーロッパへいけるのはいつになるかわからんけど、きっといつかまた行きたいものである。



たまたまオランダっぽいスキンを見つけたので、しばらくこのスキンにしてみようと思います。
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by steeplechaser | 2007-08-13 21:30 | weblog  

旅日記・その3 デュッセ編

舞台はデュッセルドルフへと移り、旅も後半戦。

まずは例によってユースを確保…と最寄りの観光案内所に駆け込み、宿確定。こうした飛び込み芸も慣れてきたかも。

ここでの目的は、内々定先の海外オフィスを訪問すること。

翌日午後、オフィスへと案内していただき、そこで働いていらっしゃる駐在員の方数名からいろいろとお話を賜った。駐在するだけの経験を積んでいるだけあり、若手社員の方とはまた違う視点で仕事について語っていただいた。

商社という仕事は常に「考える」こと。
絶えず自分の頭でビジネスを構築し、進めていくための考える力が必要なのだということ。
何が起こるかわからにような今の世界では、会社が倒れたら運命をともにするような依存人間ではいけないこと。
10年後、20年後に何が起こってもしっかりとした自分を持ち、しっかりと生きる力を社会人の生活の中で身につけていくことが重要だということ。
他人の意見を聞く柔軟性と、何事にも動じない強靭な自分を持ち合わせていること。

ほかにも、自分の肝に銘じるべき言葉がたくさんあった。

そんな話を聞いているうちに、就活でいろいろと考えていた自分もまだまだ甘いものなんだということを痛感。
ここしばらく、考える続けることを忘れていたんじゃないか、とさえ思う。

オフィス訪問だけにとどまらず、貧相な食生活をしている自分を察してくれたのか、夕飯までご馳走になってしまった。実際そこまでひどい食事ではなかったのだけれども、せっかくのお誘いなので、さらにお話を聞きながら夕食をともにすることに。

そんなオフィス訪問(夕食も)からユースに戻ったのは11時半頃。こんな一学生に丁寧に対応してくださった駐在員の方々には感謝の気持ちでいっぱいである。

海外で実際に仕事をしている現場を見て、いろいろと考えることが多かった。そんなドイツの2日間であった。
そして最後にオランダ・アムステルダムに戻り、帰国の路へとつくわけである。
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by steeplechaser | 2007-08-13 21:29 | weblog  

旅日記・その2 パリ編

28日朝、ロッテルダムからタリス(新幹線のようなもの)でパリまで一気に…というわけにはいかず、ブリュッセルまでICE(急行)で行き、そこからタリスに乗り換え。

通常料金ではなく、Youthの価格で安く行こうとしたばっかりに、電車の時間の制約を受けた結果なのです、はい。でもおかげで電車賃はけっこう浮いた模様。

そんな電車の車窓からのどかな景色を眺めつつ、Paris Gare de Nordと書かれたパリ北駅に到着。ここから看板も一気にフラ語一色になり、文字通り右も左もわからぬ世界。

とりあえずデュッセまでの足を確保すべく、チケットカウンターで拙い英語でチケットを予約。あとで気づいたら、勝手に1等車両にされ、料金もその分上がってた…その快適度については後ほど。

ともあれ、無事パリに到着し、ユースを確保。ノートルダム大聖堂の近くと立地は抜群。到着早々にパリ散策へと乗り出すあたり、これも一人旅ならではのフットワーク。
というわけで、着いたその日にセーヌ川の水上バスに乗り、エッフェル塔を登ってまいりました。
夏のバカンスシーズンなだけあって、旅行者の多いこと多いこと。フラ語以外にもいろいろな言葉が飛び交っていて面白い世界です。もちろん日本人と思しき人も多数ありましたねぇ。

振り向けば世界遺産、というパリの街を初日から堪能し、夜はしっかりフランスのワインを味わう夕飯。フラ語のメニューなんてさっぱりだけど、店員の人もかなり英語ができるので助かりました。さすが観光客の多いパリ。

翌朝、朝食を一人でもそもそと食っていたら、韓国の学生に韓国語で声をかけられた。どうやら自分は韓国人に見られていたようだ。まぁ、そんな程度の見間違いはいいとして、そこから意気投合し、お互いの旅行の軌跡や今後の日程なんかを情報交換。そうこうしているうちに、隣で「カプチーノ」と日本語で書かれたインスタントコーヒーを持っている女性を発見し、「日本人ですか?」と聞くと、彼女は香港の方。

ユースみたいな安宿にはこうした一人旅の人も多いので、面白い出会いも多いものである。

さて、2日目はマジメに観光をしようか…とオルセーへ足を運び、結局午前中ずっとオルセーで時間をすごしていた。個人的にはルーブルよりもこちらのほうが好きになれそうな感じ。
昼過ぎ、バスティーユの市場へと足を運び、ふらふらとうろつきつつ、そこで屋台飯。屋台でパエリヤを作ってるのを見たら食べたくなってしまう。
パエリヤに満足した後に、シャンゼリゼまで行ってみようかな…と行ってみたら、偶然にも世界最高峰の自転車レース、Tour de Franceの最終ラウンドだったようで、ゴールとなるシャンゼリゼ大通り~凱旋門がすでに封鎖。その間大スクリーンでレースの模様を中継し、コースでは広告カーが行き交う熱狂ぶり。道行く人にゴールの時間帯などを聞きつつ、良く見えそうなポイントを探してうろうろとしている自分。
そこで2時間くらい待機していたのだから、かなりの暇人としか言いようがない。

時間とともに、ギャラリーの数は増え、いざ選手たちが通過するとそこはものすごい歓声。そして車並みのスピードで疾走する自転車を目で追うだけで精一杯なので、ほんの一瞬の出来事のようにも思われた。しかし、レースはこのシャンゼリゼを何周もするので、数分おきに目の前を通過していくから目が離せない。そしてチャンピォンの証、「黄色ジャージ」の選手に皆が注目。それまでそんなこと知らなかったので、また1つ面白いことを知った。
そんな熱狂のレースの日に偶然居合わせた自分は相当ラッキーだったと思う。

そして、翌日昼の電車でデュッセルドルフまで移動。午前中時間があったので、モンマルトルの丘までちょろっと足を運び、ボストンバックを担ぎつつ上まで悠々闊歩。晴れていたので上からのパリの眺めは絶景。それを見ながらスーパーで買ったりんごをかじりつつ、しばし休憩。そんな行動をとってる日本人もあんましいない気がする。汗

出発ギリギリまでパリを見たのち、デュッセまで移動。
例のチケットカウンターの陰謀で1等を買わされたものの、おいしい車内食とワインを少々たしなみ、一人旅ながら大胆にも電車でぐっすりと眠ってデュッセまで向かいましたとさ。
1等とはいえ、ユース価格だったみたいだから、まぁよしとしよう。

そんな退屈する暇がなかったパリから、次の地デュッセルドルフへと話は続くのである。
次回は、オフィス訪問のデュッセ編。
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by steeplechaser | 2007-08-13 21:28 | weblog  

旅日記・オランダ前編

今回の旅はスキポール発着。
ロンドンのヒースロー経由というちょっとテロが怖いルートだけど、BAはなかなか快適な飛行機でした。どっかのエアインディアみたいなにおいは皆無ですね。笑

到着後、ロッテルダムの恩師のお宅で3晩ほどお世話に。

その間、Gouda, Derftといった近隣の町に連れて行ってもらったりしてもらい、徐々にオランダ生活の記憶が戻ってきた。
その後1人で昔住んでた家のあたりとか、通ってたサッカークラブのあたりとか、街中をふらふらとして、9年ぶりのロッテルダムを散策。そして、日本人学校を9年ぶりに訪れてきた。
ちなみに、この移動はものすごく整備された自転車道をチャリで疾走。まだ自転車で縦横無尽に動き回れるくらいロッテの地理が記憶にあったわけである。10-13歳の頃の記憶にしてはたいしたもんだ。

日本人学校は、新校舎なので9年ではさほど変わりなかったが、当時完成記念として植えられていた松の木が大きく伸びていたりとちょっとずつ変化が感じられた。やはり9年と言う時間は確かに経過していたんだなぁ。

としみじみ。

しかしまぁ、オランダでの時間は本当にゆったりと流れていて、日本での激動の日々やインドでのサバイバル生活とはまったくかけ離れた空間なんだと随所で感じてしまう。
このトシで言うのもなんだけど、老後の余生はここに移住ってのはいかがでしょうか。

最後の夜は、友人たちと3人で街中で遊んできて翌朝パリへと出発。


次回、巴里編です
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by steeplechaser | 2007-08-06 22:07 | weblog